S-Lab(すぎちゃれ!仮)

元ひきこもり、脱サラ、借金返済、ポンコツによるビジネス冒険活劇。どん底人生からチャレンジ

2021.2.5

 

 

最近、5時間寝れば十分で6時半も寝たら全回復するようになってきた。

 

 

ストレッチから入ってみた。

 

 

僕は強くなれる 理由を知った。

この半年、いろいろありました。いろんな想いとか、新たに生まれた。そんな強い動機がうまく自分を突き動かしてくれていると思っている。

 

 

これ、1対1の関係から、会社組織、大衆まで、いろんなことに会えると思うんです。そこをどう変えるかって見る視点やピントを変えるとさまざまだし、原因や結果が相互に入り組んでる。

こと、日本の変わらなさは、戦後日本が築いてきて、固定観念化されて、無意識に思い込まされてる価値観だと思う。

 

確定申告の季節になりますね。僕は前年、フリーがほとんどだったので確定申告。

漫画家あんじゃ先生と税理士大河内さんのフリーランス税本、おすすめです。リプ欄参照。

こちらも連ツイ参照。

日本社会で長い間、組織体を維持してきた構造は崩壊を迎えてきている。いま世界はその過渡期です。ひとえに、情報革命だと思うけれどこれほどまでに、ビジネスや経済変化が大きいと既存の価値観や行動様式を持ったままでは解決できない。これを解決するのがブレないメンタルと知的好奇心による自己改善だと思っていて、そこに気づいて僕は自己改善を急いでやってます。うちの親父は大企業で40年変わらず仕事をしていた人間ですけど、やはり長いこと同じ組織体にいると、自ら思考や行動様式に変化を加えられない人間なってしまう。それでは、時代の変化に対応することができなくなってしまう。たまたま世代的に高度経済成長の波に乗り、思考停止させられた、僕らの親世代はたくさんいます。それが今のシルバー民主主義だと思う。びっくりすることに、若い世代にも浸透しているということ。無気力、無欲、そんな若者も多いと感じる。

 

メンタルは安定してればしてるほど、この知識社会ではお得だよという話。

 

 

最近、恋活を意識してマッチングアプリ使ってるのも、主体的な人生にするにはとしてやはり、相互関係になる人間関係って大事で、「誰かのために生きる」って大事な要素だなと。そうすると、相手も自分のことを思ってくれる。

 

自立と依存と相互依存の過程で気をつけること

それでも注意しなければならないこともあると思っている。

自己啓発の祖とも言える、スティーブンコヴィーの「7つの習慣」

この中に 自立→依存→相互依存とある。これに関してこの記事がおすすめ。

https://ichigo-it.hatenablog.com/entry/7shukan-sougoison

 

僕は精神的に自立はしたと思っていても、やっぱりたまに辛くもなるし、どこかに依存したくなるんですよね。それが、異性に対して向かうようになるというのは当然だと思うんです。男女問わずね。

だけれど、そこで異性に甘えることだけに快楽を覚えて、辛さを解消することを人生の目的にしまうと依存になってしまう。

どこかで強く自立の心を取り戻して、強く生きることも必要だと思っている。

だからこそ、相互依存という関係が理想で、お互いが自立しながらも依存しあう関係。これは身体感覚として持ち合うような異性関係になることはなかなか難しいと思っている。そういった知識やセンス、経験の問題で、持てそうにない人もいる。

 

お前は「鬼に何かを殺されたか?」

人生というのは主体性の塊だ。親、友達、異性関係、どれだけ恵まれていようと、自分の頭で考え、行動し、結論を出していくもの。

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富岡義勇「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」

 

これは鬼になった竈門禰󠄀豆子が、富岡義勇に殺されそうになったときに怒りに震え、炭治郎に投げ捨てた言葉。

なぜ、彼がこの言葉を言ったのかは、富岡義勇の過去を

 

僕は、これまでの人生ではひきこもりを脱するまでは、主体性のかけらもなかった。

というのも、大した友達もおらず、親の言うことを聞いているだけ、それが世の中の真理だと思っていたし、大学受験も世間体的な観点から「やったほうがいいかな」みたいなミーハー的な価値観で考えていたから、勉強に身も入らず、受験も失敗した。

 

そして30歳越えてニートひきこもり。ゲームに明け暮れら毎日を陰鬱と快楽の間を2年近く彷徨い、寝食忘れた。おかげで、体重激減というカタストロフィー(悲劇)を経験したわけだ。

 

これがある意味、鬼滅の刃でいう竈門炭治郎が「家族を親に殺された」という紅蓮華の歌い出しの「強くなれる理由を知った」という出来事と重ねている。

 

自分の人生に対する生殺与奪の権を持て

他人のせい、世の中のせい、親のせい、、

僕もそうだった。忘れて生きている時もあった。ただそれはただの現実逃避だった。

自分の頭で考え、主体的に動いていく。人の意見からではなく、自分の心の内にあり、湧き出るものから人生の答えを出す。そんな人生というのが、主体的な人生であり、自分の人生をコントロールしていると言える。

 

「日本社会」というどんなタコツボに生きているか知る

今の日本社会。同調圧力も強くて、人の意見や顔色ばかり伺う人、失敗を恐れてチャレンジしない人。それは人生を他人にコントロールされている。まさに「生殺与奪の権を握られている」。これはある意味、親子関係でも言える事。

 

 

恵まれてるようで恵まれていない人間

もちろん、僕も家庭環境が良くて、友達にも恵まれ、学習習慣や環境が整い、規則正しい生活環境が揃って、かつ、それら継続的な鍛錬や訓練をしていれば、おそらく東大くらいは受かったいたのかもしれない。

理由はこれ。連続ツイートも参照されたい。

というのも、自分は案外頭は悪くないみたいだ。

自慢したいとかそういうわけではなくて、頭があっても何かしらの不遇な出来事や環境があると力が発揮できてない人がいるということ。

 

「環境が揃う」というのは実は天文学的確率

宇宙の話からしてみようか。宇宙は広大な世界だ。その中に銀河があり、太陽系があり、太陽を中心にいろんな惑星や石ころやチリがたくさん詰まって回っている。その中で、ハビタブルゾーンという生命が誕生するのに必要な条件だったからこそ、地球が存在できている。

そのまた、恵まれた中で、原始時代を経験し、過酷な地球環境があり、氷河期や隕石衝突、動物絶滅、そして、人類が誕生してからもそれを生き抜いてきた祖先があるからこそ僕らが存在している。

僕らの親や友達みんなそうだ。「生きてるだけで丸儲け」という言葉があるがまさにそう。

 

ただただ、たまたま条件が揃っただけ。

その世界のなかで僕らは日本という豊かな世界に住んで衣食住をそれなりの安定性を持っている。世界を見渡すと貧困に喘いでいる人もたくさんいるし、僕らが当たり前に持っているものも、当然の事ではないのである。

 

それを知ったうえで、僕らが生きる使命とは何か?

 

それを僕は最近、考え続けている。答えは少しずつ出てくるものだし、出てきた。

 

だからこそ、毎日、今という大切で、かけがえのない瞬間と共に生きていく。