S-Lab(すぎちゃれ!仮)

元ひきこもり、脱サラ、借金返済、ポンコツによるビジネス冒険活劇。どん底人生からチャレンジ

80プペル君と自分探しの旅

2021年始まって、1月も半分経ってしまってるわけだど皆様いかがお過ごしでしょうか。

僕の方はというと、借金の支払いに追われながらも、どうにか親の支援もあり、給料も入って、とりあえず、先の見通しも見えるようになってきたというか、いろんなリソースが足りない中で諦めなきゃいけないこととか、決断を自分の心の中で少しずつ「けじめ」をつけながらも前に進めているという感じ。

 

えんとつ町のプペルが見たくなった


『映画 えんとつ町のプペル』が素晴らしすぎて4回泣きました

映画といえば、昨年末に鬼滅の刃無限列車編を一人で観に行ったときは、思わず泣いてしまった。無限列車編のところは知らなかったのだけど。これに関しては、書こうと思っているのだけれどなかなかけていない。

 

そして先日、ホリエモンがえんとつ街のプペルが劇場公開されて4回泣いたというのをYouTubeで見て映画館に観に行こうと思ったのだけど、その前に不精になってしまった髪を切りに行ってしまって、時間が間に合わなくなってしまった。。

 

(ちなみにプペルはR25で全文公開されています。西野さんの挑戦はフリーミアム戦略。newspickでもプロセスを売るという手法に言及されている。 )

 

 
 
 
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アッシュ色に染め上げたのは初めてなんだけれど、どうなんでしょう。ちょっと明るすぎたかも。不精すぎて、きっちりとしていきたいと思いまして。眉毛の育毛とか、オイルプリング調べて実践しようと思ってる。

 

そんなところで本題。プペルに関して、こんな記事がバズっていたので紹介

note.com

 

読んでて、「あ、俺だ」と苦笑い。

 

こんな批評記事も

 

note.com

 

西野亮廣エンタメ研究所の部外者のレッテル貼りなので、僕がいうことではないのでおいておく。

 

本岡さんの「自分探し」という迷いはよくわかる

一番重要なのが、彼が失業保険を使ってまで、行動した理由。想い。note大体見たらのはわかります。自分探し的な若者像。自分もつい最近までそうでしたから。というか、道中であるかもしれない。あと少しで一皮むけそうではある。

 

笑って後ろ指差すような人もよくわかります。要するにに誰しもがある時期で、とある人にはそんなものは20すぎる前に終わった人、とある人はまだ未体験の人。

 

彼は、なりたい自分、理想の自分とはなんだろうかというのをもがき、苦しみ、時には恥ずかしいとされるようなことを、「なにかしらのきっかけをつくりたい」という一心で動いてみた。

 

僕には痛いほどわかる。二年前新聞屋を脱サラしたときは、とあるオンラインサロンに背中を押され100万かけて、六本木に。その後、せどり塾ではなかなか動けない自分の尻を叩くために、先頭に立って一緒に仕入れ同行のグループを作ったりしてみた。

 

その道中で「できない自分」「能力的に足りない自分」に悩み、メンタリストDaiGoさんのニコニコ、Youtubeを見て、「自分を変えたい一心で」勉強や実践始めた。

 

散歩から始めた。筋トレも始めた。瞑想もやった、いろいろやった。

 

2ヶ月続いた。

 

情報発信の手がかりや自信もついた。

 

今も少しずつやっている。

 

それらが確かに、今の自分の内面の変化に繋がった。

 

自分はやれるんだという確かな自信がついた。

 

大きな失敗から学べた事実がある。

 

彼もきっとそうなると思う。

 

上から目線ではなく、率直に思う。

 

人の可能性はたくさんあるからこそ迷う

自分は今でこそ、自分の能力不足ゆえ、せどり事業をクローズした。この2年間は風呂敷を広げすぎたことが原因。集中力や継続力といった人間として基本的な能力を鍛えないまま、色々やろうとして手一杯になり、なんのスキルや実績も身につかないまま過ごしてしまった。とてもマインドレスな日々だったと思う。

人間の才能は全方向に指向性をもって突き出たコーンフレークの栄養表みたいなものだ。そのどれもが磨けばある程度は伸びるし、できると思っている。どんな趣味、技能であっても。基本的には努力で身につくものがほとんどだと思っている。

だからこそ、「これもできる」「あれもできる」「これはできなかった」「あれもできなかった」となるだけなんだ。

しかし、何かを突き詰めて努力するという経験がないと中途半端であることがデフォルトになってしまって、有象無象の存在になってしまう。世の中にはそんなひとはごまんといるのだけれど。

 

自分探しとは自分の中にある

色んな経験をして、これだというものに巡り合うのは、要するに自分の主観でしかない。自分がこうしたい、こうなりたい。その思いが続いて、何かしらの成果や結果が出たときにアイデンティティになるだけのこと。

 

ある種の「思い込み」だ。自分はこれが好きだ。これがやりたい。これしかないんだ。そんな思い込みが思い錨となって、自分を踏ん張らせる。

 

僕は、色々考えた結果、プログラミングをその手段としている。理由は別で書こうと思う。

 

プペル80セットの彼も自分探しの旅の終わりに必ずたどり着く。

noteでいろんなことを、あれだけ書けている。素晴らしいことだ。自分の内面を赤裸々に語れる人間など、そうそういない。彼はすごい。彼は負けてない。彼は向き合っている。

 

そんな彼のnote、いや、自己対峙は素晴らしい。応援したい。

 

というより、プペル一緒に見に行こうと思う。よろしく頼む。

 

 

(あれ?えんとつ町のプペルってどんな話だっけ?

知らないけれど、楽しみにしておこうと思う。)