S-Lab(すぎちゃれ!仮)

元ひきこもり、脱サラ、借金返済、ポンコツによるビジネス冒険活劇。どん底人生からチャレンジ

人間の成功の可能性と再現性

自分はとりあえずこのブログで「チャレンジ」を通して、「どんなゴミ」でも「どんな過去」でも「人は変れる」というストーリーを描いて、伝えたいです。成功者の定義なんて、一言で言い表せないし、何が成功なんて人それぞれなんですけど、少なくとも、「ダメ人間」から克服するという意志と変革さえ忘れなければどこかで花開くものだと伝えたい。挑戦の中で気付きの多さとそれを克服するための努力や困難に対する自己対峙を諦めない。それを人生の所々で気づくか気づかないかの差なんだと思っている。それが環境であったり、自分自身の内面的問題であったり、それらが相互に作用しあって、変化するものだ。

人間の可能性とはその分野で効率性があるかでしかない

本来、人間の能力は全方向にあると思うんですよ。そういった意味で「何でもできる」ということです。でも、突き詰めるためにはそれ相応の時間や労力が必要です。みんな、それで中途半端にして諦めるんです。僕だってそう。いろんな事諦めてるし、挫折してるし、中途半端だ。

なにかしたいことがあっても、向いてる向いてないってあると思うんですけど、向いていてもやらないと意味がないし、向いてなくてやっていることもたくさんあると思う。要するに、結局好きだったり能力的にあってるから続けて、スキルが身についたり、逆に、嫌いだし、能力にあってるんだけど、あんま好きじゃないという価値観が邪魔をしてやらない。努力しないで結果が出ないというもったいないことしてることってあると思うんですよね。それってある程度やってみないとわからないことで、周りの環境とかお金、人間関係でやめちゃってることってたくさんあると思うんですよ。僕もそうだし、できる限り自分が自由にやれる環境を作ってやろうとしてますけどね。

中途半端でも経験は糧になる

中途半端というのは聞こえが悪い。確かに悪い。資本主義社会で資本を蓄えるためには何かしらの形が必要だからだ。

でも、その失敗や経験は必ずどこかで生きてくる。今は失敗しないと思っていても、失敗して、学べるものは絶対に出てくる。というより、失敗は必然だし、学びの起点だからだ。

一発で成功したら怖いと思え

むしろ、順風満帆は人生ほど、平凡ということだ。面白みもないし、やりがいもない。平凡な人生ということだ。もちろん、自分の人生のリスクをどう捉えるかということでしかない。そこに善悪もなくて、どう解釈するということでしかない。翻って、すぐに成功した、再現性があったということは、たまたま、自分に能力があって、環境があって、人とのめぐりあいがあっただけのこと。良いか悪いかでもない。失敗すればするだけ、それ相応の厚みが出るということ。

自分の成功の再現性が出るのはいつか?

それはわからない。

自分の描くビジョンや人生によって出てくる、必要なスキル、能力は変わってくる。それに対してひたむきな努力、情報、環境を作りことでしか人はそこに向かってはいけない。創造性と努力の2つがあってこそ輝き始める。