S-Lab(すぎちゃれ!仮)

元ひきこもり、脱サラ、借金返済、ポンコツによるビジネス冒険活劇。どん底人生からチャレンジ

借りは絶対に返す。前に進む。

先日、親に借用証書を書かせてもらった。

というのも、親族の提案で、僕が親にしてもらった多額の借金の補填は贈与税に当たるとのことで、借金による、借り受けと返済の事実をちゃんと残すことが重要だそうなので、しっかりと書面にしました。

 

自分のしでかしたこと

僕のしたことは、親からしてみたら、犯罪そのものだそうです。

そりゃそうです。そのお金は大事な親の老後資金でした。

 

親が汗水たらして働いたお金が、1年でまたたく間に、消え去っていくのですから。

 

自分が親だったらどう思うだろうか?

 

その余裕資金の中で「株式投資もしたかった」そうです。

 

そんな話をオヤジの哀愁漂いながら喋った言葉を聞いたときには、とても申し訳ない思いしかなかった。

 

だからこそ、僕は絶対に借りを返さなければいけない強い思いがあります。

 

馬鹿は死にそうにならないと気付かない

そもそも元から努力できていれば、こんなことにはならなかった。

しかし、人間は最初から完璧な人間ばかりではないというのが世の中の常であって、いろんな人生の苦楽から気づいて、前に進んでいくものでもあると思うんですよね。

 

それで、自分がやりたいことや目指すべき目標があったときに、幾つもの壁が立ちはだかるというだけなんだと思います。

 

楽すりゃ、そりゃ、何もしなくていいわけだし、なにかしたいんだったらそれ相応の壁や困難な乗り越えなくてはいけない。

 

思い返せば、自分もひきこもって楽する生活はできたかもしれない。

たまたま僕は、体を壊したのがきっかけだったというだけであって。。

しかし、それらは早晩、破綻するのはわかっている。

 

僕だけの人生に限らず、人それぞれ何かしらのトリガーがあると思います。

 

それに気づくか気づかないかは、どんなきっかけかは、いろいろあります。

 

僕に関していえば、本当に何が必要か、必要でないかは、ようやく見をわきまえる覚悟ができた。それを、家族に信じてもらえないのは、もどかしいです。

 

借りは必ず、絶対に返す

チャレンジしようとした。結果失敗した。というより、形にできなかった。
もっというと、まだ、いろいろと中途半端にしている。
まだ、道半ば。終わったわけではない。

 

世間では、事業やビジネスの失敗を「終わり」と捉えているが多いようだが
それはまだ道半ばでしか無いと思っている。
というより、最近そういう解釈になった。いま、そういう解釈にする。

 

全ては僕自身の責任。力の無さの原因。とことん思い知った。

 

過去の自分を、見返す。変わる。リベンジする。

 

今、僕を見下している、人に対してもリベンジする。

 

俺はこんなもんじゃない。

 

成功することが、何よりのリベンジ。

 

そんな気持ちを心の片隅に、秘めながら。

 

俺は前に進む。