S-Lab(すぎちゃれ!仮)

元ひきこもり、脱サラ、借金返済、ポンコツによるビジネス冒険活劇。どん底人生からチャレンジ

【重大発表】僕の現状書きます【この3年間のすべて】後編

さて、やってまいりました。後編。前編はこちら。

www.sugihappy.com

 

ざっと振り返ってみましたが、ホント「衝動性」と「無知」が合わさるとお金が吹っ飛んでいかという事が、いま振り返るとよくわかります。

 

ほんとうに自分が情けなくなるし、なんでこんな失敗してんだろうというくらい失敗してますね。

まだまだ見ていきましょう。口が開かないくらいあっけにとられます。

 

借金があることはお伝えしました。

 

2019年8月初め、クラブの清掃アルバイト始める。23−5時の仕事で1500円の時給。

なかなかである。さすが六本木。ちなみに支配人とマネージャーはなかなかのイケメンである。支配人に悪態したとして、勘違い(?)の因縁をつかれ、口論、どつかれてちょい揉め事になる。

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2019年9月

実家で一緒に暮らしていたヘルニアになった母親を六本木の家に引き寄せる。(母は退屈していた実家暮らしと、父は1人になって楽になるのか、合意の上、すんなりと話は決まる。)

ここから、2年来全く進んでなかったリハビリを手伝おうとする。自分のことをどうにかしろ。

(後日談、母曰く、絵を書いたり、家でゴミ捨てしにいったり、近所付き合いも発生し、案外居心地が良かったという。ちなみに飯は余り食わない生活になりカロリー摂取制限することで適正体重くらいまで痩せる。)

2019年10月

せどりビジネス開始。Webセミナーに参加。中国輸入、OEMメインと。60万ほど払う。

その後同年11月末に出会うコンサルと比べると、正直コンサルとも言えないコンサルで、サイトにHPのみ、月1のZOOMコンサル程度。

まーた、マーケティングにそそのかされて入会だよ。

当然、その後、全く関係なくなる。

今世紀最大級の台風が来て、港区が浸水し、危ないということで、身の危険を案じ、母を実家に返すことを提案するが、母は頑なに拒否。居心地が良かったのだろうか。

2019年11月末

現在メインで所属しているせどりコンサルのセミナーに感銘し、また入会。ここは最大級に良いコンサルだと確信。まさにそうでした。前のコンサルなんだったんだ。。

2019年12月

クラブ清掃のバイトも辞める。途中から、同僚との仕事に対する考え方が折り合わなかったのが原因。ここから無職になり、生活費、その他諸々の経費が積み重なって、首が回らなく始める。

2020年1月

年も明け、金銭的不安、時間的不足、精神的不安がジリジリと近づいてくる中、ついに、母とのリハビリ計画を断念。

母を父のいる実家へ返す。苦渋の決断。

必ず助ける。待ってろ。

 

そして、1月末ごろから六本木ティップネスへ通い始め、筋トレを開始する。

2020年2月

せどりのビジネスは2020年から初めから始めていたが、全く、仕入れに行かず、よくわからない生活をしていた。時が止まっていたのだろうか?

家でボケーっと過ごす日々。危機感まるで無し。

 

と、筋トレに精を出し現実逃避の日々だった。

しかし、この辺から、本格的に金銭的に焦り出し、どうにかしようとしても、どうにも動けない、先延ばしをする、行動力や精神面でおかしいところがないかと思い始めた。

自分の内面的問題に気づき始め、メンタリストDaiGoのYouTube動画やニコニコ動画を見始める。

これは、2020 年10月現在において、大きく関係したいる。すぎはぴ!のブログがそうである。

現実逃避気味に始めた事が功を奏している。

2020 年2月中旬

毎月の懇親会がある前日。

「ここで行かなかったら、自分がせっかく入った高額スクールのお金を台無し」にすると思い、とりあえず行く。サンクコスト効果がここで発揮する。

 

当日のセミナーやみんなが、仕入れを頑張っている様子や励ましあう姿、本当に良いスクールだ。

プログラミングもそうだが、仲間がいるからこそ挫折せず、継続できるというのは、どんなビジネスでも同じだということを知る。

そして、全く仕入れに行けてない、動けてない自分は感化され、飲みの席で、隣に来てくれた、運営者の斉藤もとき氏に話をしていた最中に「明日から絶対仕入れいきます!」と啖呵を切るも、「いや、お前は絶対に行かない!」と返される。

どこか。。悔しい。。

 

「とにかく動かなければ」と焦っていた僕は、懇親会が終わったあと、すぐさま同じコンサル生同士で、仕入れ同行(店舗に一緒に行って仕入れ)するグループラインを旗振り役として企画し、自分にプレッシャーをかける。

 

無事、翌日渋谷で初の仕入れを敢行した。

1万円くらい仕入れた。

当日はとにかく、有意義な仕入れ、無駄な行動にしたくないために、持ち前のアウトプット癖が出て、店舗せどりの仕入れ同行の意味に少し気付く。

アクティブラーニングがよい。とにかく動いて学ぶ。

2020 年2月下旬まで

この懇親会の斎藤もとき氏への「心の啖呵」から、翌日の仕入れ同行依頼から、14日連続仕入れという、僕にしては驚異的な行動力を発揮する。

メインはドンキホーテ仕入れだったが、初心者にありがちな苦痛のリサーチの日々で心が折れそうになっていた。

この2週間の間、千葉で同行させてもらった、後のせどらー勢「すぎちゃんファミリー」となる、F氏、U氏、M氏と某餃子店で酒を飲み交わした事が後の転機に繋がることになる。

とにかく仕入れを行こうということを心に決めていたため、この14日間、六本木の17平米のワンルーム部屋が徐々に仕入れ商品で侵食されていく。

それは僕の頭のメモリーを侵食すると同時に、全くやった事がなかったFBA納品という、初心者せどらー最初の関門というべき、スーパータスクが控えていたのだった、、

3月始め

「とにかく納品せねば」という心理的圧迫から、とにかくパソコンに向かいやろうとするも、よくわからない、、よくわからない、、

そんなえもいえない、先行きの見えない難関作業に失意し、お得意の「先延ばし」が始まる。

 

(大事なのはとにかく集中力なのである。)

 

持ち前のADHD傾向の衝動性というスペシャルマイナススキルも発揮し、散歩、ネット、昼から、筋トレサウナをし、で時間を潰すという、最悪のネガティヴループに入る。

 

そして、1ヶ月、、暗黒期ともいえるせどり無稼働という時期を迎える。

 

全く、身体が動いていなかった。

 

せどりコンサルのLINEも返さず現実逃避という殻に完全に閉じこもったのである。

 

2020年4月上旬

ジムもコロナ禍の緊急事態宣言で翌月まで閉鎖。

(楽しみのサウナがなくなってしまった。。)

 

納品もせずにいた日々、何をしたらいいのかわからない日々、悶々とし、「このまませどりやめて実家に帰ろうか」と考えていた矢先。

 

突然、ピンポーンという明らかにおかしいタイミングと複数人の話し声が聞こえた。

 

Amazonで買い物していないし。おかしい。

 

直感できた。餃子店で飲み明かした

 

F氏、U氏、M氏だ!

 

玄関先へ行くも、一瞬戸惑う。。

 

何しにきたのか?

 

「はい?」

 

「すぎちゃーん♪」

 

「すぎちゃーん」

 

確信した。F氏だ。M氏の声だ。

 

来てくれたのか。。

 

でも、ボサボサの髪に、無精髭を生やした僕は、出ることに戸惑う。

 

その間、どのくらいだっただろう。数秒。

 

せっかく来てくれた。。

 

そんな好意を、踏みにじりたくない。

 

僕は恐る恐るドアを開けた。

 

あの3人だった。。

 

気恥ずかしながら、挨拶をした。

 

「ご飯へ行こうよ!」

 

「ちょっと待ってください」

 

と、誘ってくれたM氏の言葉に少し案中しながらも、着替えるために、部屋に戻り、着替え、六本木ミッドタウンのテラスで弁当を食べながら、心の内を話した。

 

僕自身の内面の弱さ、これから、実家に帰ろうとしているけど、コロナの影響でやめた事。。

 

話を聞いてくれたすぎちゃんファミリーの3人。

 

そこでM氏が提案してくれた一言。

 

「一緒に納品しようよ!手伝うよ!」

 

救いの言葉だった。

 

「いいんですか?」

 

このとき、僕自身、よくわからないけど、申し訳ない気持ちと、何より感謝の気持ちでいっぱいだった。

それと、気恥ずかしさが同居した中、食事も終わり再び家に戻った。

あのワンルームの部屋に、4人がひしめき合って、仕入れ商品を梱包しながら、教えて貰いながらやるという、この介護感。。これでいいのだろう。

相互扶助の世界。僕はこの感覚を忘れない。

 

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その当時の写真。この頃はパーマをかけてた。

なかなかオシャレである。

 

そしてこの時やった納品で、4月は中旬に納品したにも関わらず、20万の売り上げを達成する。

 

Amazonセラーで、初売りした時、どんどん売れていく時の実感、これはいける!

 

そう確信して、仕入れに励む毎日になり始める。

仕入れに自信がつき、いけるという実感を持つ毎日を過ごす。

 

そして、4月の中旬にあったいつもの懇親会では、超絶自己肯定感の高いN氏と隣に座ったO氏と熱い話をしたのであった。

 

(後に、このO氏とは、一時期行動を共にすることになる。)

 

2020 年5月

4月は売上20万ほどを上げたのをきっかけに、5月から店舗での怒涛の仕入れ再開。

あれだけつまずいていたFBA納品も、自分でできるようになった。継続力って不思議。

 

そして、5月は売り上げ100万を達成!

 

しかし、この時は都内をキャリーケースを引きながら、必死に電車で回りながら仕入れる毎日。利益率は20%ほどだったが、稼働25日ほどで疲れ果てて、限界を感じる。

 

2020 年6月

そして、ある時、同じコンサル生のあのO氏から店舗せどりに関して、LINEで相談がきたのであった。。

 

続く 〜現状〜完結篇へ